哀しいというココロ。

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7つ目



お題【形容詞-24:かなしい】


「哀しい」というキモチが,人間にはある。あると思う。
「哀しい」というキモチがあるならば,やはりそこには「哀しむ」べき時があるんだろう。と思う。
私は,哀しむべき時に哀しめているだろうか。

映画を見たり,本を読んだり。そういう時に擬似的な「哀しみ」を感じるような感覚はあるけれど。

実際に。自分が。そういう局面に,リアルに直面したときに。
自分は一体,どう感じるんだろうか。哀しむことが出来るんだろうか。
自分の中の「哀しむ」機能は,壊れていないだろうか。

哀しい夢を見て,泣いたりとか。
哀しい映画や本で,泣いたりとか。
そういうかたちで「泣く」という行為を通して,自分の「哀しむ」機能の動作チェックをしている気分に,なる。
でも,肝心なのは,いつか訪れる「哀しむべき時」,まさにその瞬間に,その「哀しむ」機能を動作させようとするはたらきが,私の中に存在しているかどうかということだから。

できれば,そんな瞬間は来ないに越したことはないけれど。
でも,いつかはきっとやって来るんだろうその「時」。
私はやっぱり,哀しいだろうか。それとも・・・。


ひとりひとりの人間がみんな,神様に作られたのだとすれば,自分は,とても不出来な作品ではないかと思うときがある。
むしろ,失敗作に近いんじゃないかとか。
自分は,「人間」としての体裁をちゃんと整えられているのだろうか,と疑問に思ったりとか。

神様は,私を,「哀しむべき時に哀しむ」ように作っているだろうか。

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